BAR TIMES STORE JOURNAL

野宮裕介

株式会社イタリアーモ 代表取締役

EDITOR'S INTRODUCTION

今回、BAR TIMES STOREが話を聞いたのは、イタリアのバールで16年にわたり経験を積み、現在は株式会社イタリアーモの代表として、イタリアの酒と食文化を日本へ紹介する野宮裕介氏。言葉も仕事も決まっていないまま海を渡り、カウンターの内側からその国の暮らしと人を知った野宮氏は、なぜ日本へ戻り、酒を届ける仕事を選んだのか。イタリアで受け取ったものと、一本の酒を通して日本へ、そして次の世代へ手渡したい文化について、深く話を聞きました。
野宮裕介さん

クアリアのヴェルモット →

第一章 書店で手に取ったイタリア語辞典

フィレンツェのチブレオ・カフェの外観
フィレンツェの「チブレオ・カフェ」。野宮裕介氏が16年にわたるイタリア生活の最後の7年間、カウンターに立った場所。

野宮のイタリアへの関心は、何か一つの強烈な出来事をきっかけに生まれたわけではない。

幼い頃に見ていたトッポ・ジージョや『ピノッキオ』。『母をたずねて三千里』の冒頭に登場する、主人公マルコの故郷ジェノヴァの街並み。好きだったパスタやピッツァ。世界史に興味を持ち、繰り返し読んだガリレオ・ガリレイの伝記。

建築やクラシック音楽、ヴェスパのような工業製品、革やガラスの工芸品にも惹かれた。最初からすべてを「イタリアのもの」と意識していたのではない。それぞれに好きだったものが、一つの国につながったのは、1994年のサッカーワールドカップだった。

ロベルト・バッジョを擁するイタリア代表が注目を集めた。独創性に富む選手を指す「ファンタジスタ」という言葉と、バッジョのプレーに魅了された野宮は、初めてイタリアという国を強く意識した。

「それまで好きだったものが、全部イタリアにあると気づいたんです」

大学時代、初めてイタリアを旅行した。

そこで知ったのは、「イタリア料理」という一つの料理があるのではなく、土地ごとに料理が異なることだった。ローマではカルボナーラに、ヴェネツィアではイカ墨のパスタに出会った。街が変われば、料理も食材も、人々が誇りにする味も変わる。

もう一つ、強く印象に残ったものがあった。街の至るところにあるバールである。

「イタリア人が吸い寄せられるように入っていくんです。中ではみんな、楽しそうにバリスタと話している。ここは何だろう、と思いました」

コーヒーを飲むカフェであり、酒を飲むバーでもある。朝食をとる人がいれば、昼には軽食が出て、夕方には食事前の一杯を求めて人が集まる。野宮が惹かれたのは、扱う飲み物の幅だけではなかった。老若男女が1日に何度も立ち寄り、カウンター越しに言葉を交わす。その場所に、イタリア人の暮らしそのものが見えた。

イタリアの街角
イタリアの街には、暮らしのすぐそばにバールがある。朝のコーヒーから夕暮れの一杯まで、人々が一日に何度も立ち寄り、カウンター越しに言葉を交わす、日常に根づいた場所だ。

旅行を終えた時点では、イタリアはまだ憧れの国だった。自分がそこで暮らすのは、現実的ではないと思っていた。

大学卒業後は旅行会社で働きながら、地方公務員を目指した。行政の立場から町づくりや市民生活を支える仕事に関心があった。しかし、就職氷河期のなかで受験した県庁や市役所の試験には、すべて落ちた。

最後の合格発表を見た帰り道、放心状態で、家へ帰る気にもなれず、書店に立ち寄った。そこで偶然、手に取ったのがイタリア語の辞典だった。

家族から期待されていた人生の道を外れた。そう感じたとき、野宮は、それまで現実的ではないと退けていた夢を、自分の進む道として考えた。

「もう道を外れたのなら、思いきり外れようと思いました。イタリアに住んで、バールで働くことに挑戦してみようと」

イタリア語は話せない。現地の仕事も決まっていない。それでも、2003年2月、野宮は単身イタリアへ渡った。

第二章 客席ではなく、カウンターの内側へ

野宮裕介さんとエスプレッソマシン
フィレンツェの「チブレオ」で、エスプレッソマシンに向かう野宮裕介氏。最初に働いたバールでは、客からコーヒーのつくり方を教わった。

野宮が望んだのは、イタリアで暮らすことだけではなかった。バールへ通う客になるのではなく、そのカウンターの内側で働きたかった。

「バールで人と話せば、『芸術の国』をつくっている人たちが、何を考え、どう生きているのかを知ることができると思ったんです」

バックパッカーとして一人で旅をするとき、現地のカフェやバーのカウンターは、ガイドブックにはない情報を得る場所でもあった。そこで交わした会話から、その土地を深く知ることができた。いつか自分も、旅人を迎える側に立ちたいという思いがあった。

渡伊したときに知っていたイタリア語は、「チャオ」や「ボンジョルノ」など10語ほどだった。まずは1年間の学生ビザを取り、語学学校の寮へ入った。仕事は現地で探すつもりだった。

だが、1年経っても、接客ができるほどには話せなかった。もう1年学校へ通うことを決め、滞在を延長した。2年目の初め、ある施設にバールが開くという話を聞き、働かせてほしいと頼んだ。3カ月ほど待って、採用された。

最初の店は、コーヒーだけを扱う少し特殊なバールだった。日本でバリスタとして働いた経験はない。それでも、初日から一人でカウンターを任された。

働き始めて間もなく、客から注文が入った。

「カフェ・マキアートをひとつ」

野宮は、それが何かを知らなかった。

「『それ、何ですか』とお客さんに聞きました。そうしたら、その人がカウンターの中へ入ってきて、マシンを一緒に操作しながら教えてくれたんです」

仕事を一から教える先輩はいなかった。コーヒーのつくり方を教え、飲み方や好みの違いを教えたのは、毎日店へ来る客たちだった。師匠と呼べる人はいるかと尋ねると、野宮は「お客さんが師匠みたいなものです」と答えた。

ただし、すべての客が好意的だったわけではない。当時、イタリアのバールにアジア人が立つことは珍しかった。エスプレッソは、イタリア人にとって日常の飲み物であると同時に、自国の文化を象徴するものでもある。日本人に本当に淹れられるのかと、不安を口にする客もいた。

野宮は、その感覚をこう説明する。

「日本の寿司屋のカウンターに、突然イタリア人が立っているようなものだと思います。本当に握れるのか、と不安になるじゃないですか。それと同じだったと思います」

2、3カ月ほど経った頃、一人の客が、野宮の淹れた一杯を「これは本物のイタリアのコーヒーだ」と認めてくれた。

最初の店で約2年間、コーヒーを学んだ。その後、ミラノのバールへ移り、カクテルや酒を本格的に扱うようになった。

イタリアのバールでは、朝から酒が出て、夜にもコーヒーが出る。コーヒー、カクテル、ワインの提供を職種ごとに分担するのではなく、そのときの客が求めるものに応える。コーヒーの専門家であるバリスタの仕事に加え、カクテルや酒にも精通した人を、現地ではバールマンと呼ぶ。

野宮が目指す仕事の輪郭が、そこでようやく見え始めた。

トリノのカフェ・ムラッサーノのカウンター
トリノの「カフェ・ムラッサーノ」のカウンター。

第三章 お客さんの数だけ、メニューがある

ワインを注ぐ野宮裕介さん
チブレオのカウンターでワインを注ぐ野宮裕介氏。ソムリエとして、一人ひとりの好みやその日の気分に合わせてワインを選んだ。

イタリアのバールには、独自のスピード感がある。

忙しい時間には、カウンターの前に客が2列、3列と重なる。カップやグラスの音が絶えず、スタッフは声を掛け合いながら動く。その合間に注文を聞き取り、飲み物をつくり、客と二言、三言の会話を交わす。

丁寧につくるだけでは足りない。店全体を見ながら、その客が今何を求めているかを判断しなければならない。

ミラノの店で働いていた頃、野宮は同僚たちの視野の広さに驚いた。目の前の注文に追われながら、彼らは店の外まで見ていた。

常連客の姿を見つけると、その人が入店する前から、いつもの一杯をつくり始める。客がレジで先に会計を済ませ、レシートを持ってカウンターへ着く頃には、飲み物ができている。

「覚えていてくれた、という特別感がありますよね」

野宮が客と十分に言葉を交わせるようになったのは、渡伊から4、5年目頃。店の流れを自分でつくり、客を確実に喜ばせられるようになったと感じたのは、10年ほど経ってからだったという。

その過程で、サービスに対する考え方を変えた出来事があった。

ある店で、毎朝カプチーノを飲んでから仕事に入るピッツァ職人がいた。ある日、野宮は自分がつくった一杯を見て、十分な出来ではないと感じた。飲めないほどではない。8割、9割はできている。それでも、自分が出したい状態には届いていなかった。

つくり直すと伝えると、その職人は必要ないと答えた。

「自動販売機のように、いつも同じ味ではつまらない。変化がある方が面白い、と言われたんです」

それまで野宮が目指していたのは、誰に対しても同じ品質、同じサービスを提供することだった。だが、客は毎日同じ状態で店へ来るわけではない。疲れている日もあれば、気分のいい日もある。急いでいる日と、ゆっくり話したい日がある。

「お客さんは一人ひとり違いますし、同じ常連さんでも毎日違う。そのときに合ったサービスへ変えていかないといけないんだと分かりました」

メニューについても同じだった。

同じネグローニでも、甘さや苦さの好みが違う。銘柄を指定する客もいる。コーヒーの濃さ、ミルクの量、温度まで、それぞれが自分の飲み方を持っている。メニューに書かれていない注文も珍しくない。

「お客さんの数だけ、メニューがあるんです」

最初は細かな注文を面倒に感じた。なぜ、そこまで指定するのか。なぜ、店に任せないのか。だが、その客たちは、野宮が自分の好みを理解するまで、何度でも同じ店へ通ってきた。

「毎回、まだいまひとつだと言う。それでも根気よく通ってくれる。できるようになると、今度は褒めてくれる。お客さん一人ひとりが、私を育ててくれたんです」

彼らが自分の通う店のバールマンを育てるのには、理由がある。家と職場の間に、自分が通い続けられる場所を必要としているからだ。

同じ客が、1日に3回来ることもある。朝は眠そうな顔でカプチーノを飲み、昼には仕事の途中でエスプレッソを口にする。夕方には表情を緩め、食事の前に一杯飲んで家へ帰る。一度の滞在は短くても、毎日顔を合わせ、言葉を交わす。

「家庭には家庭での役割があって、職場には緊張感がある。その間で、やっと素の自分を出せるのがバールなんです」

野宮が見てきたバールでは、住まいを持たない人に、コーヒーやパンを差し出すことも特別なことではなかった。旧貴族の家系に生まれた紳士と、住まいを持たない人が同じカウンターに並び、エスプレッソを飲みながら話す光景もあった。

肩書きや社会的な立場が違っても、同じ一杯を前に言葉を交わせる。野宮にとって、それはバールが飲食店だけではなく、地域の社交場であることを端的に示す光景だった。

リヴォルノ、ミラノ、マルケ州、フィレンツェ。土地が変われば、料理も酒も、人々の好みも変わる。野宮は各地のバールで経験を重ね、最後の7年間をフィレンツェの「チブレオ」で過ごした。

チブレオでは、グループ5店舗を統括するチーフバールマン(カーポ・バールマン)を務めた。カフェのカウンターを拠点に各店から入るカクテルの注文に応じ、メニュー開発、売上・在庫管理、仕入れ、人材育成までを担当した。レストランの客がカクテルについて相談したいと言えば、カウンターを出て道路を渡り、直接好みを聞きに行った。ソムリエ資格も取得し、ワインも提供した。

関心は店の中だけにとどまらなかった。食材の生産者や一般家庭を訪ね、地域に残る料理や食習慣を調べ、専門書の翻訳にも携わった。酒も料理も、土地の歴史や人の暮らしから切り離して理解することはできない。そのことを、野宮はカウンターの内側と外側を行き来しながら学んでいった。

イタリアで過ごした16年を、野宮は「ずっと楽しかった」と振り返る。日本へ戻ることは、長い間考えていなかった。

ミラノのカンパリーノ・イン・ガッレリアでカクテルを仕上げる様子
ミラノの「カンパリーノ・イン・ガッレリア」で、カクテルを仕上げる一場面。

第四章 店を持つ代わりに、酒を届ける

イタリアの酒ANIMOを注ぐ手元
株式会社イタリアーモ代表・野宮裕介氏が、同社が日本総代理店を務める「ANIMO(アニモ)」をテイスティングのためにグラスへ注ぐ。1846年創業のマッツェッティ・ダルタヴィッラ蒸留所が手がけた、北イタリア・ピエモンテ初のクラフトウイスキー。バーボン樽で3年以上熟成後、グラッパ樽で仕上げ、イタリアらしい芳香とドライな余韻を生み出している。

野宮がイタリアで働いていた10数年の間に、日本ではイタリアの食文化が身近なものになった。

本格的な地方料理が紹介され、エスプレッソやカプチーノが飲まれ、ジェラートやピッツァも広まった。イタリアワインは、さまざまな価格帯や種類のものから選べるようになった。

一方で、現地のバールで食前や食後に飲まれている、ワイン以外のイタリアの酒は、なかなか日本へ入ってこなかった。

「最初は、ほかの輸入業者さんがやってくれるだろうと思って、ずっと見ていたんです。でも、10年以上経っても、なかなか入ってこなかった。だったら、もう自分でやるしかないのかなと思いました」

自分の店を開き、自分のカウンターで提供する道もあった。だが、野宮が選んだのは輸入だった。

そこには、日本のバーテンダーに対する信頼があった。

「日本のバーテンダーは、世界的に見ても高い技術を持っています。私がイタリアの個性的な酒を紹介できれば、皆さんがきっと上手に使いこなしてくれる。北海道から沖縄まで、いろいろな場所でイタリアの味や時間を楽しめるようになれば、より多くの人と共有できると思いました」

自分が一軒の店を営むよりも、各地のバーテンダーに酒を届ける。その方が、イタリアで知った一杯の楽しさを、より多くの地域へ届けられると考えた。

2018年11月、株式会社イタリアーモを設立した。酒類販売免許の取得などの準備を進め、2019年11月に帰国。ほどなくして、イタリアの酒の販売を始めた。

しかし、通常通り事業を動かせたのは1カ月ほどだった。新型コロナウイルスの感染拡大により、主な取引先として考えていたバーや飲食店の営業が制限された。

時短営業では、食事の前後にゆっくり酒を楽しむことも難しい。野宮は一般の消費者へ向けた販売を続けながら、事業をつないだ。飲食店を回って再び話ができるようになったのは、2023年頃からだったという。

日本へ紹介する酒を選ぶとき、野宮が最初に置く基準は、売りやすさではない。

「イタリアで私を育ててくれたお客さんや、飲食業界の仲間たちに対しても、恥ずかしくない高品質なものだけを選びます」

土地の歴史に根差しているか。その地域の素材が生かされているか。食との関係があるか。誰がどのような考えでつくっているか。味だけでなく、ボトルの形や質感を含めて、つくり手の美意識が表れているか。そして、ほかの何かに置き換えられない個性があるか。

見本市やイベントで生産者と話し、後日あらためて現地を訪ねる。イタリアで長く使っていた酒でも、日本では魅力を伝えきれず、販売を断念したことがある。「飲めば分かる」というだけでは、商品として広がらない。なぜその土地でつくられ、どのような時間に飲まれているのかまで伝えなければ、その酒の価値は見えてこない。

イタリアの酒ANIMOの香りを確かめる野宮裕介さん
イタリアンウイスキー「ANIMO(アニモ)」の香りを確かめる野宮裕介氏。味わいだけでなく、土地の歴史やつくり手の思いまで伝えられる一本かどうかを見極める。

野宮が始めたのは、輸入販売という仕事である。しかし、その選び方の基準をつくったのは、長年にわたり、カウンター越しに野宮を育てた人たちだった。

第五章 次の人を、カウンターの内側へ

チブレオのカウンターに立つ野宮裕介さん
フィレンツェの「チブレオ」のカウンターに立つ野宮裕介氏。いつかイタリアのバールで、日本のバーテンダーやバリスタを迎え、現地の文化を手渡すことを思い描いている。

帰国した当初、野宮は3年ほどでイタリアへ戻るつもりだった。コロナ禍によって計画は変わり、帰国からすでに長い時間が過ぎた。それでも、戻りたいという気持ちは変わっていない。

戻った先で、実現したいことがある。

「日本のバーテンダーやバリスタに、イタリアのバールのカウンターの内側に立ってもらえる場所をつくりたいんです。1日でも、1時間でもいい。お客さんとの掛け合いや、違う文化を体験してもらいたい」

日本から料理人やソムリエ、バリスタ、ピッツァ職人がイタリアへ渡り、現地で学ぶ例は少なくない。一方、日本のバーテンダーがイタリアのバールで経験を積むための道は、まだほとんど確立されていない。

イタリアでは、街角のバールで日常的にカクテルが飲まれている。客は自分の好みを伝え、バールマンはその言葉から一杯を組み立てる。酒を受け取るだけではなく、注文する側も、自分の一杯をつくる過程に加わる。そのやり取りから新しいレシピが生まれることもある。

野宮が日本でもっと身近にしたいと考えているのは、特定の銘柄だけではない。仕事を終えて家へ帰る前、あるいは食事へ向かう前に、一杯を飲み、言葉を交わし、気持ちを切り替える時間である。

「イタリアの夕暮れ時の、賑やかなカクテルの時間を体験したら、日本へ帰って再現したくなると思うんです。そういう受け入れ先に、自分がなれたらと思っています」

イタリアへ渡ったばかりの野宮は、カフェ・マキアートのつくり方を知らなかった。そのときは、客がカウンターの内側へ入り、最初の一杯を教えてくれた。

その後、野宮は客に好みを教わり、同僚に仕事を教わり、土地ごとの食と酒を知った。その経験をもとに、今は日本へ酒を届けている。そしていつか、自分が別の誰かを、イタリアのカウンターの内側へ迎えようとしている。

野宮が日本へ伝えようとしているのは、酒の味だけでなく、その一杯が必要とされる時間や、カウンターを挟んで人と人が言葉を交わす文化でもある。

PROFILE

野宮裕介

株式会社イタリアーモ代表取締役。2003年2月に単身イタリアへ渡り、リヴォルノ、ミラノ、マルケ州、フィレンツェなど各地のバールで経験を積む。2012年からフィレンツェの「チブレオ」に勤務し、グループ5店舗を統括するチーフバールマン(カーポ・バールマン)を務めた。イタリアバールマン協会(AIBES)バリスタ・バーテンダー、イタリアソムリエ協会(AIS)ソムリエ。2018年11月に株式会社イタリアーモを設立し、2019年11月に帰国。イタリアの酒と食文化を日本へ紹介している。

FROM THE JOURNAL

野宮裕介が、いま届ける酒。

クアリアのヴェルモットとカクテル

01 EDITION 002 予約して届く一本

クアリアのヴェルモット

野宮さんがいま日本へ届けたい食前酒。お申し込みの本数に合わせて、これから輸入します。

予約のお申し込みを受付中。受付は10月30日(金)まで、入荷は12月上旬の予定です。申込時のお支払いはありません。

この一本の詳細と申込方法を見る →

02 SELECTION 期間限定の選定品

野宮裕介が選ぶイタリアの酒

野宮さんがふだんから紹介しているイタリアの酒を、期間限定でご紹介します。

販売中。在庫品は通常の商品と一緒に購入できます。

イタリアの選定品を見る →

20歳未満の者の飲酒は法律で禁止されています