世界をまたにかけるトップバーテンダーであり「SGグループ」ファウンダー・後閑信吾さんと、 日本を代表するグラスデザイナーの木村祐太郎さんがタッグを組み、グラスブランドを立ち上げた。ブランド名は「Sip and Guzzle(シップ アンド ガズル)」。Sip には「味わって飲む」、Guzzle には「気軽に飲む」という意味がある。Sip でも Guzzle でもさまざまなシーンに使用できるデザインで、自由な新しいカクテルの創造性を掻き立てる。

後閑さんが想う理想のグラスを形にした「Sip and Guzzle」。
「SGグループ」を率いてカクテルをつくり続けるトップバーテンダー、後閑信吾さん。オリジナルのグラスを追求しだしたのは、2019年のこと。国内外に9店舗あるグループのバーでは、当初よりオリジナルグラスを活用していて、使い勝手のよさは十二分に把握済みだ。
理想のグラスを形にしたのは、グラスデザイナーの木村祐太郎さん。100年以上にわたり日本の主要なレストランやホテルに高品質のグラスウェアを提供してきたグラスメーカーの4代目。200種類以上のカクテルグラスをラインナップする世界に類を見ないメーカーで培った彼の手腕が遺憾なく発揮されている。
ふたりにオリジナルグラスに込めた狙いを訊いた。
――「Sip and Guzzle」誕生のきっかけは何だったのでしょうか?
後閑 僕らの1号店、中国・上海「Speak Low(スピークロウ)」は、1階が「OCHO(オチョ)」というバーツールのブティックショップになっていて、店内の隠し扉を開けると秘密のバーへたどり着く造りになっています。ショップに並べるグラスや、バーで扱うグラスとして日本製を使おうとすると、値段があまりに高すぎました。 それでいて、現地では祐太郎さんの会社が作った商品がコピーされて値段は10 分の1以下、カクテルグラスなら16分の1ぐらいで出回っていて、とても太刀打ちできない。それで、祐太郎さんに相談をしました。
木村 最初は、自分で自分の店の偽物でもつくろうか、なんて冗談で言っていましたが、これを機にSGグループと一緒に新しいものをつくったらいいのではないかと。後閑さんのイメージを訊き、中国のガラス工場の選定や詳細なデザインは僕の方で受ける形で進めていったのです。
▲僕にとっては、これ以上使いやすいものはありません。アメリカのカクテルグラスのかっこよさを日本仕様にアジャストさせました」と語る後閑信吾さん。
バーテンダーには「使いやすく」、飲む人には「かっこよく」。スタッキングもできる。
――どんなグラスを目指したのでしょうか?
後閑 海外で経験を積んで、日本に戻って来たバーテンダーという目線で、使いやすさやユニークさを追求しました。たとえばマティーニグラス。世の中には数多のマティーニグラスがありますが、僕らが最終的に着地したのは、マティーニを飲む姿がいかにかっこよく見えるかという点。マティーニを一番かっこよく飲む人はだれか? ジェームズ・ボンドだろうと。彼をよく見ると、ステム(脚)を持たず、グラスの縁を持って飲むんです。考えてみたら、マティーニは武骨で男らしいイメージのカクテルなのに、世に出ているのは意外とフェミニンなものが多い。ならば、そこをデザインしようじゃないか、と。
▲「盃(さかずき)」をイメージした脚の短いマティーニグラス「KASA(カサ)」。容量の異なる3種類を展開。料理やデザートを盛り付けてもいい。
▲脚を持つだけでなく、盃のようにグラスの縁を掴んで飲めるようにデザイン。飲んでる姿もクール。
▲ロックグラス、タンブラーグラスとして汎用性が高い「Tanto Bello(タント ベッロ)」シリーズ。 TL(ティーエル)/右、DOF(ディーオーエフ)/左 の2種類があり、どちらも極薄でいて、スタッキングが可能。 あとは、ペアリングをよくやるのですが、料理と合わせる際は脚が短い方が絶対バランスがいい。見た目も写真を撮るにしても圧倒的に映えます。あと、この薄さでいてスタックができます。スペースが限られた店舗も多いので、重ねて仕舞える、洗い場でも重ねて置ける、というのはオペレーション的にもとても使い勝手がいいですね。
――バーテンダーにとっては使いやすく、飲む人にとってはかっこよく、バーにとってはカクテルの個性が発揮できてリーズナブル。さらにスタッキングもできる、と言う点では、今までにないグラスですね。
木村 バーテンダーが求める使いやすさを重視して、適度な深さでいて、カクテルピンなどが差しやすいものを目指しました。あとは容量。5オンス(約150ml)前後のサイズ感でしっかり飲んでもらうことを意識しましたね。
後閑 祐太郎さんは、一度話し合いをした後には、サンプルをバンバン上げてくれました。どれもよくて、グラスの種類は100種類にも上ります。今回はまだほんの一部の発売です。
木村 製造は中国の手吹きガラスの工場が行っていて、僕がお願いしている工場はかなり上手だと思います。今は電気のガラス融解炉のため、温度の上げ方やキープの仕方が一定を保てるようになり、ガラスの表面の肌艶も向上しています。自分の会社でもほぼ同じデザインのグラスがありますが、底にわざと底肉をつけてデザインしなおしました。中国での生産、在庫、販売が主流になることを念頭におけば、つくりにくいものを無理やりつくらせて歩留まりが悪くなってはもともこもありません。随所にそういったリデザインを凝らしています。
▲腕利きの職人がいる中国の工場を探し、「製造に無理が生じないようリデザインした」と語る木村祐太郎さん。
――とくに思い入れのあるグラスはありますか?
後閑 「Nick & Nora(ニック&ノラ)」というグラスかな。日本ではあまりなじみがありませんが、アメリカではマティーニグラス、クープグラスと並ぶ定番です。使いやすいのだけど、日本で見るとやっぱり不格好に見えてしまう。「Nick & Nora」の特長を活かしつつ、かっこいいものを、とリクエストしました。結構量が入るので、マティーニグラス的な使い方でたっぷりカクテルを注ぐこともできるし、卵白を使うような層になるカクテルにも向く。何なら氷1個入れてじっくり飲むスタイルにも。グラスのなかのどんな位置で液体がとどまっても、かっこよく見えます。
▲「Nick & Nora」をはじめ、「SGグループ」のトップバーテンダーたちが考えたカクテルグラス「VanDyke(ヴァンダイク)」シリーズ。美しく繊細なシェイプラインが光る。
海外と日本のいいとこどりのカクテルグラスを、世界のスタンダードへ。
――あらためて、完成したオリジナルグラスはいかがですか?
後閑 自分たちで考えているので、これ以上使いやすいものはありません。海外で使われている従来のカクテルグラスとも、国内産のものとも違います。僕らのバーは、バンバンつくって提供するスタイルで、わりと海外寄りです。だけれど、アメリカのグラスをそのまま日本で使うとすごく違和感がある。厚みや大きさや形がかっこ悪く見えてしまう。極薄いけどある程度丈夫で、日本で見ても姿もかっこいい、というものに落ち着きました。似ているデザインでもわずかにアジャストされている点が他と違う点だと思います。
木村 バーグラスに関しては、社長である父が長く熱心に取り組んできたので、僕自身これまであまりやってこなかったのですが、新しい挑戦をしてみてすごくよくできたと思います。派手なものでも、極度にソリッドなものでもない。ゾーンとしてはスタンダードど真ん中です。
後閑 そうですね。使いやすく、それでいてシルエットを見たら「Sip & Guzzle」だとわかる特徴がある。これから、ヨーロッパにも販売を展開していく予定です。どこの国だろうと関係なく、世界中のバーにスタンダードなグラスとして広まればいいな、と思っています。
後閑信吾(ごかん・しんご)
SG Group 代表。バー業界において今世界で最も注目されるバーテンダーの一人。2006年に渡米し、NYの名店Angel’s Shareでヘッドバーテンダーを務める。2012年世界最大規模のカクテルコンペティション バカルディレガシーにアメリカ代表として出場し、世界大会優勝。2014年 上海にSpeak Lowをオープン。以後、新しいコンセプトのバーを次々とオープンさせ、現在国内外で10店舗を展開。World’s/ Asia’s Best Bars においては世界最多の42回を受賞している。2017年 バー業界のアカデミー賞と言われるTales of the Cocktail International Bartender of the Yearを受賞し、Asia’s 50 Best においては個人に贈られる最高賞 Bartender’s Bartender 2019、バー業界を象徴する人物に贈られるIndustry Icon Award 2021 をそれぞれ受賞。 英国誌が選出する「バー業界で最も影響力のある100人」に贈られるBAR WORLD 100 2021 にてアジアトップとなる第4位となっている。
木村祐太郎(きむら・ゆうたろう)
日本を代表するグラスデザイナー。100年以上にわたり日本の主要なレストランやホテルに高品質のグラスウェアを提供してきたグラスメーカーの4代目。革新的な発想と伝統的な価値観を融合させたグラスのスペシャリストとして美しい造形を探求し続け、名品を多数デザイン。シンプルでありながら手に取りたくなるコレクションは、バーテンダー、ソムリエ、シェフ、バリスタたちが表現の幅を広げるのに貢献している。